StudyCS.log

ただの日記

「孤独であるためのレッスン」を読んだ

f:id:HoriK:20210326104515j:plain

 自分は日々理解者が欠如している、と感じている。友達と過ごしてみても、親と会話してみても、一向にこの孤独感というか欠如感が解消されない。そこで、ヒントを求めてこの本を読むことにした。

 一言でこの本を表すとすれば、「孤独を(強烈に)リ・ビジョニングして、ルールと手法によって積極的に孤独を取り入れる本」といった感じになるだろう。

 はじめは言葉通り、孤独をリ・ビジョニングすることから始める。現代社会は社会性や協調性に過剰に重きが置かれており、「孤独になること=リスク」といったような価値観が定着している。そして、そうした価値観は引きこもりやハラスメント、ランチタイム症候群や多重恋愛、共依存恋愛などを引き起こす一因となっている。しかし「孤独を深める」ことはリスクであるどころか、想像力や創造性を高め、現代社会を強く生きるための必須の行為なのである。それは孤独を深めることによる様々な恩恵によるものだ。

 孤独を深めることの最も大きな恩恵は「自己回復」だろう。自己回復とは、自分独自の価値観を獲得することであり、これは他者や世間の評価軸で物事を判断する思考停止状態から脱出するということでもある。自分にとって何が大切なのか、何が優先されるべきか、を自分で判断して取り組めるようになる。多くの人がやりがちな(自分もそうだった)過剰な自己否定も、自己回復によって克服することができる。

 また、一口に孤独と言ってもいくつかのカテゴリーが存在している。本書では4つのカテゴリーに分類されている。それぞれ

 A型の孤独ー>他者とは理解し合えると思っており、人々は同質なもので個別性はないと考えている人の孤独感

 B型の孤独ー>他者とは理解し合えないと思っており、人々は同質なもので個別性はないと考えている人の孤独感

 C型の孤独ー>他者とは理解し合えないと思っており、人々は個別性を持った多様な存在であると考えている人の孤独感

 D型の孤独ー>他者とは部分的にではあるが理解し合えると思っており、人々は個別性を持った多様な存在であると考えている人の孤独感

となっており、D型の孤独にまで発達させることが、孤独を積極的な意味合いで深める一つのゴールである。ちなみに、自分の感じている孤独感はちょうどB型の孤独感であった。多くの人は、A型の孤独から始まり、BないしCを経て、D型へと成熟していくようだ。

 さらに、本書では孤独を深めるためのルールや具体的手法も紹介されている。

 ルールの中で特に興味深かったのは、自己否定をしない「超越的な存在」を仮定して養成する、というものだ。前述の通り、自分の自己肯定感が低い原因は、過剰なまでに自己否定を行っていたことに由来していた。理解者を探したり、求めたりする以前に、自分自身が自分の良き理解者になる必要があったのだ。

 具体的手法でもこれに関連する手法に興味を持った。それが「ワールドワーク」である。これは、一つテーマを定めてそのテーマについて発生しそうな立場を列挙し、順にそれぞれの立場に立って意見や事情を考える、というワークである。多様な観点で一つの問題を考察することで、問題についての理解が深まることはもちろん、全体の意見を公平に俯瞰する能力が養成される。これは、自己に内在するさまざまな人格や感情を耳を傾けて、深く追求するというものに類似した行為であり、したがって、これは孤独を深めて「超越的な存在」を養成する練習に転用可能である。

 この本を読んで、孤独との関わり方を見直すことができた。ここに紹介しているものの他にも、さまざまな具体例や、ルール、手法が紹介されている。コロナ渦で孤独を感じている人や、理解者がいないことに欠如感を感じている人などには、おすすめできる一冊であると言える。

参考文献

 「諸富祥彦:著『孤独であるためのレッスン』NHK出版 2001年10月30日」